私は小学6年生から大学1年生の夏休みに入るまで、将来はアイスホッケーの実業団チームへ行き、引退後は社会か体育の先生になりたいとずっと考えていました。いま振り返ると、当時の自分のキャリアはそれしかないと断言できる程、真剣にその目標達成のために頑張っていました。しかし、その考えは大学で180度変わりました。私は北海道釧路市という田舎町に生まれ育ちました。冬になるとグランドに板を敷き詰め、雪が降ると水をまき、グランドにスケートリンクを作ります。体育授業の中にスケート教室があるため、自然と“夏は野球”、“冬はアイスホッケー”という環境で育ちました。それが稀だということは大学に入学してから初めて気づいたのでした(笑)井の中の蛙…それを大学1年生の夏に体感したのです。“もっと視野を広げたい”そういった好奇心から、なるべく部活の仲間とは連まず、他の部活の仲間や一般の学生と遊ぶようにしました。すると、学生ながらも起業している人、将来は国際弁護士を目指している人(現になっているから凄い…)など、将来のビジョンを明確に持っている仲間ができ、如何に自分がお山の大将だったのか、如何に自分が狭い世界に生きていたのかと痛感させられました。それからというもの、フットワークの軽い私は毎日、本協会の理事である森下とふたり、バイクで色んな大人たちと出会う場に積極的に参加していました。すると、魅力的で生き生きと仕事を前向きに楽しく働いている人の割合として、経営者の方が非常に多い印象を受けました。そして、いつしか自分もそういう大人になりたいと思うようになりました。そして私は、大学1年生の夏休みに“30歳までに経営者になる”ことを決断しました。それと同時に私は、大学1年生の夏に教員免許取得に必要な授業をすべて捨て、それからの代表合宿をすべて辞退した記憶があります。よく聞かれる質問があります。「実業団を蹴って後悔したことってありますか?」と。私は一度もありません。自分のキャリアポリシーとして、「自分の決断を自分で正解にする!」というのがあるからです。ただ一度だけ、社会人1年目の時に実業団の試合を観に行った時、大観衆の中自分の同期が活躍してスポットライトを浴びている瞬間を見た時に、「羨ましいな」と思ったことだけはあります。それぐらい、スポーツには人の心を動かす魅力があるなと純粋に思えました。人生の選択に正解はありません。唯一正解にすることができるとすれば、自分の決断を正解にすること。そのプロセスを誰よりも楽しむことしかありません。人生100年時代。今しかできないことに夢中になれるものがあることは幸せなことです。そして、プロや実業団のスポーツキャリアを経て活躍しているビジネスマンは山ほどいます。今を楽しみ、楽しみながら学び、学びながら将来のキャリアを描いていく。このプロセスをきちんと思考することによって、アスリートの誰しもが社会で活躍できる人材になれることは間違いありません。athletica(アスレチカ)の活動に興味のある方はこちらをご覧ください↓https://athletica.j-sc.org/●アスレチカアカデミーhttps://athletica.j-sc.org/academytop●LINE公式アカウントhttps://line.me/R/ti/p/%40856phjdb●公式instagramhttps://www.instagram.com/athletica_jsc/●公式Twitterhttps://twitter.com/athletica_jsc