今回のathleticaアカデミーメンバー紹介は「《Academy Members Introduction : 第6期生 101》フットサル 戸田 貴英さん」です。◎ 氏名 : 戸田 貴英(とだ たかひで)◎ 生年月日 : 2002年4月16日◎ 出身 : 北海道札幌市◎ 競技 : フットサル◎ 所属 : エスポラーダ北海道◎ 経歴 : Safilva → エスポラーダ北海道 → バサジィ大分 → エスポラーダ北海道、U-23フットサル日本代表候補【Instagram】【X】小学校3年生の時に友人に誘われて地元のサッカースクールに通い始めました。最初はサッカーと並行して野球や空手にも取り組んでいましたが、小学校4年生の時に「サッカーに集中したい」という思いから、他の習い事を辞めて地元のサッカー少年団に入団しました。当初はフィールドプレーヤーとしてプレーしていましたが、キーパーの子が辞めたこと、そしてキーパーグローブへの憧れから、小学校5年生の時にゴールキーパーに転向しました。転向してからの道のりは順調とは言えず、中学校進学のタイミングで複数のチームのセレクションを受けましたが、当時139cmと小柄だったためすべて不合格。しかし、唯一声をかけてくれたのが「Safilva」というクラブチームでした。Safilvaではサッカーと同時に週1回フットサルのトレーニングも行っており、元々フットサルが好きだった自分にとっては最高の環境でした。そして、このチームで本格的にフットサル選手を目指すようになります。Safilvaには19歳まで在籍し、経験と成長の機会を得ました。20歳になるタイミングでプロチームである「エスポラーダ北海道」からオファーを頂き、プロの世界へ。プロ1年目は失敗と成功の繰り返しでした。U-23フットサル日本代表候補合宿にも招集され、自信と課題の両方を得ることができました。その後、完全プロクラブである「バサジィ大分」へ移籍。北海道では仕事と練習を両立する生活でしたが、大分ではフットサルが仕事という環境の中、2年間にわたりフットサルだけに集中して取り組み、大きく成長することができました。しかし、古巣であるエスポラーダ北海道が1部から2部に降格、更にはメインスポンサーが撤退表明をしチームが廃部の危機にありましたが、多くのファンから「クラブを無くさないで欲しい」という声援が後押しして、メインスポンサーが残ってくれてギリギリのところでクラブは存続。小さい頃に憧れていたクラブを1部に戻したいという思いから今季は北海道に戻り、再びエスポラーダ北海道でプレーしています。将来的には「保育園を経営する」ことを目標にしています。子どもたちが勉強も運動も習える、いくつも習い事に通わなくても、保育園に行けばすべての要素が学べる。そんな新しい形の保育園を作りたいと考えています。アウトプットすることで、自分が今どんな状況にいて、これから何をしなければいけないのかを客観的に考えられるようになります。そして、口に出すことで「やらなきゃいけない」という責任感が生まれ、自然と行動にも繋がっていきます。選手として結果を出すために、メンタルの安定が何よりも大事だと感じています。そのためには、プレー以外の時間をどう過ごすのかがすごく大切で、好きな事で悩みながらも、楽しみながら生活する事が大事だなと感じています。選手としてプレーに集中することはもちろん大切ですが、人生全体で見れば現役生活はそう長くはありません。だからこそ、現役中にセカンドキャリアについて早く動き出し、将来を見据えて準備していくことが、結果的に今のメンタルの安定にも繋がると感じています。心が安定していれば、パフォーマンスにも良い影響が出て、選手としての寿命も延びるはずです。アスレチカに入ったことで、そうした考えがより一層強くなりました。分からないことも多いですが、毎週のプログラムで他競技のアスリートたちから刺激を受け、「自分も行動しなければ」と自然と思える環境があります。セカンドキャリアについて、なんとなく考えていた自分も、アスレチカを通じて実際にアクションを起こすようになり、「自分は何がしたいのか」が少しずつ明確になってきました。まだ模索中の選手も多いと思いますが、悩んでいる方こそ、ぜひ一歩踏み出してみて欲しいです。アスレチカはそのきっかけをくれる場所です。◎ アカデミーメンバー紹介 その他の記事はこちら↓