「元・アスリートのキャリア図鑑」第5回目は髙野三朗さんの登場です。サッカーで活躍された髙野さんの人生、そして熱い思いに迫ります!◎氏名髙野三朗(たかのさぶろう)◎生年月日1997年1月24日◎出身地宮城県仙台市◎競技歴サッカー:幼少期〜22歳(大学卒業まで)◎略歴中学時代に全国中学校総合体育大会にて東北大会2位、全国大会出場。高校時代ではインターハイ県ベスト8、選手権県ベスト8の副キャプテンを務める。大学は国際基督教大学(ICU)へ入学。2年次東京都大学サッカーリーグ4部から3部へ昇格、3年時キャプテンを務めるも4部へ降格。大学卒業後、新卒で野村證券へ入社しリテール営業を行う。入社後1年8ヶ月で退社、現在は金融(IFA)に特化した転職エージェントとして勤務。◎バイオグラフィー1997年、東京都生まれ。高校卒業までを宮城県仙台市で過ごす。三兄弟の末っ子として生まれ、父・2人の兄の影響で幼少期からサッカーを始める。 小学校時代からサッカー漬けの毎日を過ごし、市内の大会にて優勝。チームを後ろから鼓舞するキャプテンとして活躍。 中高は兄2人と同じ中高一貫校へ進学。サッカー部に所属し、上の年代にもメンバー入りし高円宮杯では全国大会出場のメンバーとして、また自身の年代では全国中学校総合体育大会にて東北大会2位をおさめ全国大会へ出場。副キャプテンを務める。 高校時代も同様、年代を跨いでメンバー入り。自身の代ではインターハイ、選手権ともに県ベスト8の副キャプテンを務める。 大学でもサッカー部に所属をして自身の代ではキャプテンを務める。国際色豊かでサッカー経験もさまざまなICUのメンバーと4年間サッカー中心の大学生活を送る。 新卒で野村證券に入社、現在は金融(IFA)に特化したエージェントとして勤務。◎現役アスリート・元アスリートへのメッセージ私のサッカーの経歴は決して輝かしいものではありませんが、人格形成や人間関係についてはサッカーを通じて学びました。特に大学時代のサッカー部の経験は掛け替えのないものです。中高時代のサッカー部では正直、「主体性」には乏しい活動だったと振り返ります。毎日の練習は監督やコーチからのトップダウンで、フィジカルトレーニング・走りのメニューをこなしていく「受動的」な感覚がありました。故に高校でサッカーを引退し、大学では全く違うことに取り組もうと考えておりました。しかし、ICUのサッカー部は監督がいるわけでもコーチがいるわけでもなく、練習メニューからゲームプランの作成など全てプレイヤーが選択、決定している組織でした。高校までの自分を振り返ると全く創意工夫のない自身のマインドに嫌気が刺すほどでした。メンバーについて入学当初は11人で試合に出場ができない大会があり新歓でメンバーを集めるところからのスタートでした。卒業時は30名程度の規模まで成長し、今となっては40名以上が所属する部活で学内の体育会系の部活では一番多いメンバーが所属しているそうです。その先駆けになったのではないかと思っています。東京都の大学サッカーリーグでは昇格も降格も経験できるまでの部活に成長できました。 アスリートの皆さんは当然、家族、友人、同僚、スポンサーの方々に支えられて競技を行うことができます。時にはステークホルダーの理不尽な要求に応えなければいけない場面や納得のいかない場面に直面することもあると思います。そんな時、自分だったらどうするかという「当事者意識」と自分が変えていくんだという「主体性」を持って行動して欲しいです。振り返った時には中高時代の「受動的」な活動も、大学時代の「主体性」のある活動も今の自分を形成する考え方の違いになっています。ただ、「主体性」と「当事者意識」を持っていた自分はイキイキと、今以上に成長できるエンジンとなったことは間違いないでしょう。髙野さんのスポーツ、ビジネスの両方の舞台で輝く姿はスポーツに関わる人だけでなく、全ビジネスマンの参考になる内容でした。今後のご活躍に期待しています!「元・アスリートのキャリア図鑑」では皆様の人生のロールモデルになり得るビジネスアスリートを特集しています。毎週の特集を忘れずにチェックしたい方はこちら↓●公式instagramhttps://www.instagram.com/athletica_jsc/●公式Twitterhttps://twitter.com/athletica_jsc